Vol.5
 幽霊の、正体見たり、枯れ尾花。恐い恐いと思っていると、ちょっとしたことでも幽霊かと思ってドキッとしたりする。ひとりでキャンプをしていると、妙にピリピリと神経質になる夜がある。そんなとき、自分の考え過ぎか、それとも場所の雰囲気のせいかなどと考え始めると、増々目が覚めて寝れなくなってしまう。世の中には霊感が強いといわれる人がいる。そういう人はたいてい、霊の存在を感じるとか、 幽霊を見たことがあるとか言う。私は才能には恵まれたいと思っているが、その手の才能は遠慮したい。もし霊感が強かったらひとりでキャンプなどには行けないから。死んだ人が幽霊になるのだから、人の歴史がないような場所にはあまり幽霊は出ないような気がするが、どうだろう?例えば南極などは人が常駐するようになって日が浅いから、ペンギンの幽霊は出ても人の幽霊は出なそうだ。幽霊は夏場が多いから、南極は寒すぎるということもあるかもしれないが。イギリスなど歴史がある国には幽霊の話はそこら中にある。山や海も、人が多く入る場所は遭難した人も多かったりするから、幽霊話はよくあるようだ。だから私は、人があまり入ってない無垢な自然の中でキャンプをしたいと思っている。人の痕跡を感じない所は、自然が優しく包んでくれるような気がして、寂しくもないしリラックスできる。
 私は幽霊は見たくも信じたくもないが、精霊は信じたい気がする。人類は誕生してからずっと精霊と共に暮らして来た。精霊が生活の中から姿を消したのはつい最近のことだ。もちろん未だに精霊と共に暮らしている民族もいる。文化が自然から切り離されたときに精霊は我々の生活から消え、自然は衰退した。だから今、文化や生活の中に精霊が戻ってきたら、自然も生き生きとした力を取り戻すに違いない。現代の我々は、本当に精霊の存在を感じることが出来たときに、自然の本当の姿を理解できるのではないだろうか。
7月17日
 Headache Edge の入り口をベースキャンプに探索を始めて今日で4日になる。初日に Tears Moor 湿原を目指して出発したが、道ははっきりしないし、登りはきついし、到底日帰りは無理だと分かったので 途中で引き返して来た。地図で見ると直線距離が10キロ弱なので、日帰りで行けると思って簡単な装備で出かけてしまったが、ここの森は濃い。すばらしく濃い。しっかりした装備でじっくりと歩かなくては森に失礼というものだ。大きなバックパックに十分な装備と食料を詰め込んで一ヶ月ぐらい迷ってしまいたいぐらいの森だ。
 2日目は樹がいくらか少ない崖沿いを歩いてみることにした。崖はまさに断崖絶壁、縁に立って下を覗いて見るなんてことができる高さではない、目が眩む。飛ばされるほど風が強い、しかも巻いているので上下左右前後、どこから吹いてくるか予想のつかない風である。高い所が好きで、勇気がある人はロープを体に巻き付けて乗り出してみるといい、オレは見ていないが眼下には素晴らしく壮大な景色が広がっているはずだ。崖沿いといっても崖の縁に道があるわけではない。崖からの距離は十分にあるから安心して歩ける。道は平坦ではなくアップ、ダウンが激しい。途中何本もの川を横切ることになるのだが、小さな川はいいが、ちょっと幅のある川にぶつかると、かなり上流まで溯らなくては渡ることが出来ない。だいぶ回り道になる。川はすべて滝となって海に落ちているはずだ。小さな川の水は海面まで届かず、風に吹き飛ばされ霧になって消えているかも知れない。Headache Edge は北東貿易風がまともに吹き付ける場所だから、雨がよく降る。朝は晴れていても昼頃には雲が湧き、午後になると雨が降るといったぐあいだ。だから森が素晴らしいのだ。
 ビバークの用意をして来たので日没まで進める所まで進むつもりだったが、東斜面なので3時を過ぎると急速に暗くなる。適当な所を見つけてビバークする。この森は湿度が高いから、一面苔に覆われた場所が随所にある。苔が美しい。木漏れ日が苔の絨毯の上に光の模様を作り、緑の宮殿の広間のようだ。精霊がいてもおかしくない。かなりの樹齢の樹の根元に気持ち良さそうな窪地を見つけ、そこにビビーサック(寝袋型のテント)を広げた。暗くなるまで、ゆっくりと食事をしのんびりと過ごす。暗くなったら、眠りに落ちるまでただぼんやりとしているだけだ。ふとブギーのことが心配になる。こうして留守にしている間に何所かに行ってしまわないかと。お互いどこに行こうが自由なのだが。
 樹と樹の隙間から見える星がきれいだ。目を細めて見ていると、星の小川が網目の様に流れて見える。ボーッと宙を眺めていると、白い影のようなものが目の前を何度も飛び過ぎたような気がしたが、そのうち眠ってしまった。夢を見た。森の中、ブギーが何かを追い掛け回している。白い影が滑るようにクルクルと逃げている。影が通り過ぎた跡、金粉を撒いたように苔が光る。その光跡をなぞるようにブギーは夢中になって走っている。影が崖から跳んだ。危ない!と思ったらブギーは崖の縁でピタリと止まった。しばらく崖の先を見つめていたが、こちらに向かって満足そうに戻って来た。やはりブギーに目はなかった。「見えないのによく追い掛けられたな。何を追い掛けてたんだ?」「森の精霊と遊んでいたのさ」「精霊が見えるのか?」「見るものじゃなく、感じるものさ」と言うとブギーは自分のしっぽを追い掛けるようにグルグルッと回ってパチンと消えた。
 三日目の夕方キャンピングカーに戻って小屋の戸を開けると、大きな伸びを一つして、ニャーと啼きながらブギーが出て来て、オレに頭を擦り付けた。